大判例

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福岡高等裁判所 昭和32年(う)1556号 判決

控訴人 被告人 松崎繁十

検察官 青山良三

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し三年間右刑の執行を猶予する。

大蔵事務官差押の物件引継番号一(焼ちゆう一斗三升)、同二(一斗五升つぼ一個)、同三(焼ちゆう一合)、同四(一升びん一本)、同五(焼ちゆう一斗五升)、同六(一斗五升つぼ一個)、同七(焼ちゆう八升)、同八(一斗びん一本)、同九(蒸溜かす四斗)、同一〇(五斗かめ一個)、同一一(蒸溜かす一斗)、同一二(半切一個)、同一三(蒸溜かす四斗)、同一四(半切一個)、同一五(蒸溜かす二斗)、同一六(平釜一個)、同一七(こうじ一升)、同一八(こうじ蓋二枚)、同一九(一斗五升つぼ一個)、同二〇(一斗びん二本)、同一(麦こうじ四斗)、同二(むしろ一枚)はいずれもこれを没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人堤千秋が陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人並びに被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について。

記録によれば原判示焼ちゆう密造の事実と、その未遂の事実は、いずれも島原税務署長において被告人が通告の旨を履行する資力がないと認め、国税犯則取締法第一四条第二項前段に則り直ちに告発し、これに基き検察官において本件公訴を提起したものであることは所論のとおりである。けれども、右告発の原由たる犯則者が通告の旨を履行する資力を有するか否かの認定は、専ら当該税務署長の判断に一任されているものと解するのが相当であるから、仮りに右判断が客観的合理性を欠いていたとしてもこれがため直ちにその告発を無効ならしめるものとはいわれない。のみならず、本件焼ちゆうの密造は四斗七升の多量に達している点に鑑みれば、通告すべき罰金及び徴収金の相当額は相当多額なることが窺われるところ、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書、身上調査書によれば、被告人は農業を営み資産としては僅かに平屋建八坪の住家一棟、畑四畝、山林二反九畝一二歩を有するに過ぎずして、右事務官の質問に対し「罰金の通知が来ても納められないと思います」と答えていること、又焼ちゆう密造の目的に出た麦こうじの密造も再度の犯則である点等を考慮すれば、これまた通告すべき罰金相当額は相当多額たることが窺われるからいずれの場合においても被告人が通告を受けた罰金並びに徴収金の相当額を履行し得ないものと認めても毫も合理性を欠くものといわれない。従つて所轄税務署長において被告人が通告の旨を履行する資力がたいものと認定し直ちに告発したのは相当であり、従つて右告発に基いて公訴が提起された各事実につき審理判決をした原審の措置に違法の点は存しない。論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意一について。

しかし被告人の本件焼ちゆうの密造が販売の目的に出でたものであることは原審の認定しないところである。而して苟も所轄税務署長の免許を受けないで焼ちゆうを製造すれば、たとえこれを自家用にのみ供する意図であつたとしても等しく酒税法第七条違反として同法第五四条第一項により処罰されることは論を俟たないところである。所論は部落古来の慣習に従い法事用に本件焼ちゆうを造つたものであると主張するが、かかる慣習が被告人居住部落に存することは記録上窺われないのみならず、仮りに存在するとしても該慣習は刑罰法規の効力を左右し得ないのは勿論、行為の違法性又は犯意の成立を阻却するものでもない。論旨は理由がない。

同控訴趣意三について。

しかし原判決挙示の関係証拠殊に被告人の検察官に対する供述調書、大蔵事務官に対する質問てん末書によれば、本件麦こうじ四斗は原判示のとおり被告人が焼ちゆう密造の目的を以てこれを製造した事実を優に認められ、記録を精査するも原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

次に職権を以て調査するに、原判決は被告人が所轄税務署長の免許を受けないで焼ちゆうを製造する目的を以て小麦約三斗を蒸しこれに種こうじ二〇匁を混ぜ合せて麦こうじ四斗を製造したが、収税官吏に発見されてその目的を遂げなかつたものと認定し、酒税法第七条第一項第五四条第二項を適用処断している。しかし右麦こうじを用いて焼ちゆうを造るには更にこれに水(場合によつては水と小麦)を加えて仕込み、数日間醗酵させてもろみを製造した上これを蒸溜器にかけて蒸溜しなければならないことは記録上明白である。ところで犯罪の着手とは犯罪構成要素に属する行為に着手することをいうものと解すべきところ、右の如き焼ちゆうの製造過程に鑑み、更に酒税法第八条が酒類製造の用に供する目的を以てこうじ等を製造する場合を主として制限する法意に照せば、こうじ製造の所為は未だ以て焼ちゆう密造という犯罪の構成要素に属しないのでその準備行為に過ぎないものと認めるのが相当である。従つてたとい焼ちゆう密造の目的があつてもこうじを製造した際発覚した場合においてはこれを以て未だ焼ちゆう密造の実行行為に着手したものとはいわれない。してみれば、本件は焼ちゆう密造の未遂ではなくして単にこうじを密造したものとして処断するのが相当である。然るに原判決が本件を焼ちゆう密造の未遂と認定したのは法律の解釈を誤り事実を誤認し、延いて法律の適用を誤つたものにして該誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

そこで弁護人及び被告人の量刑不当の論旨については判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

当裁判所が認定した事実及び引用証拠は、原判示後者の事実(昭和三二年一〇月二八日附起訴状の分)中「が、同月二六日之を収税官吏より発見されたためその目的を遂げなかつた」とある部分を削除する外、すべて原判示と同一であるからこれを引用する。

法律に照らすに、被告人の判示所為中焼ちゆう密造の点は酒税法第七条第一項第五四条第一項に、こうじ密造の点は同法第八条第五六条第一項第一号に当るから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し右は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条に則り重い前者の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役四月に処し、同法第二五条第一項を適用して三年間右刑の執行を猶予すべく、主文第四項掲記の各物件中前段一乃至二〇は本件焼ちゆう密造にかかるものであるから同法第五四条第四項に則り、後段一、二はこうじ密造にかかるものであるから同法第五六条第二項に則りいずれもこれを没収すべく、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)

弁護人堤千秋の控訴趣意

第一点原判決には訴訟条件である告発が適法になされたかどうかを審理しないで被告人に対し有罪の判決をなされた違法があると思料する。

昭和三十二年十月四日付起訴状による犯罪事実は島原税務署長がなした昭和三十二年五月三十日付告発書に基き起訴せられ、昭和三十二年十月二十八日付起訴状による犯罪事実は前同様、昭和三十二年十月十四日付告発状に基き起訴せられたものであるが、何れも「通告の旨履行する資力なきもの」として通告処分を経ずして国税犯則取締法第一四条第二項に基き直接告発の手続をなしたものである。

而して、被告人の資力の有無についての認定権は税務署長の職務権限に層することは明であるが、その専断恣意の認定を許すものでなく、調査した資料に基き客観的合理的な認定をなすべきものであることも亦明である。右認定が適法であるかどうかは裁判をなす前提であつて、充分審理を尽さるべきものである。

本件に於ては原審に於て取調べられた証拠中被告人の資力の有無に関し散見する証拠を見れば、矢島事務官作成に係る昭和三十二年十月八日付顛末書中「密造について罰金の通知が来たら納めますか」「出来れば納付したいと思ひますがとても納められないと思ひます」とあつて、右の問答を以て、被告人に対し資力なしと認定せられたもののようであるが、右顛末書中には被告人が居宅一棟(平屋建八坪)田畑約四反を有することを述べているのでその資力が皆無ではなく、被告人が他よりの融資を受ける等の方法を以て罰金の納入が可能であるかどうかについては何等の調査もない。被告人が原審判決の如き結果となることを予想したならば、必ずや他よりの融資をも考慮して答弁したであろうことは、たやすく、推認することができる。被告人は寒村の一農夫に過ぎないので、本件違反事件の取調に際し、前後の結果を充分考慮して回答したとは何人も信じないであろう。果して、被告人は飯島検察事務官に対する昭和三十二年九月十一日付供述調書に於て「罰金は何とかして納めたい」と申述べていることは被告人の無資力を否定するものである。尚吉原大蔵事務官の作成に係る顛末書に於ても同様に答えている。

前記告発状二通は被告人の無資力を理由としていて、「情状懲役刑に処すべきもの」との理由によつて告発されたものではない。右の事情は裁判に於ては一度告発があれば顧慮する必要はないとの考もあり得るけれども、通告処分を経ない告発の要件としての無資力は被告人にとつて極めて重大な影響を与えるものであることを考えれば、専恣に認定すべきものではない。被告人が通告処分の如何なるものかを知つていたならば、前記顛末書記載のような回答にはならなかつたであろう。又右回答を客観的に、合理的に解するならば、被告人を無資力の故を以て通告処分をなさず直に告発したことは収税官吏の認定の誤りであつて、認定権乱用の非難を免れない。

すなはち、原判決は無効の告発に基く公訴を維持したものであるから、取消の上、公訴棄却の御判決を求めるものである。

被告人の控訴趣意

一、被告人は長崎地方裁判所島原支部に於て、和和三十二年十二月七日酒造法違反に依り懲役四ケ月に処すとの判決を受けましたが、一審裁判の御調べでは、証拠を単に酒造法第七条に依る無免許の酒類製造に限定し、犯意の有無についての刑法理論上の詳審適確なる御調査なく、体刑に処せられました被告人としては少からず立法の精神と法の運用に関し、疑念を抱く次第であります。

即ち被告人の摘発された焼酒四斗は、当時亡父の法事を間近にして島原半島一円山間部落の古来の習慣による法事用自家用酒のみを製造したのであります、販売用の製造などは夢にも思はなかつたのでありまして従つて被告人には毫も販売用の密酒を製造する犯意はなかつたのであります、大多数の家庭が当方面山間部落に於ては法事用焼酒を自家に於て製造する習慣でありますから、かかる場合、夜陰に乗じて窃かに製造隠匿する所為はないのであります、勿論、酒造法第七条の無免許という辞句は、被告人の製造それ自体を違法として取扱ひ得る事は当然でありますが、同条の法意は、被告人の場合犯罪として体刑に処すべきや否やに就きまして御一考を御願ひ出来るのではないかと存じまして日本国民るして卒直に控訴に及んだ次第であります。

三、被告人の違法行為として第二回目、麹を押へられました事は、該品は、焼酎製造の為めでなく、味噌醤油等の調味料と家畜の飼料として製造したのでありまして、それを前に焼酎を造つたから同じ焼酎製造用と断ぜられました事は、被告人に於て誠に心外に存ずる処であります、一度法事用焼酎の製造を摘発され恐れ戦きつつあるものが幾 もなく同様の行為を為す筈はありません、然るに調味料用及び家畜飼料の麹の存在を以て同じく酒造法第七条を以て律せられました事は、これ又被告人の不可解に存ずる処であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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